には
とは
から
のと
第1题:
「わが国にとってこんな悪い時はない」と、みんなは嘆(なげ)きました。ダルガス(人名)もそれを否定することはできませんでした。しかし、「祖国の復興には、こんなよい時はない」と、彼が固く信じていました。 もちろん、それをはっきり口に出して言うことはできませんでした。そんなことを言ったら、戦争に負けたことを喜んでいると、ののしられた(被骂)でしょう。彼は、ただ実行によって自分の信念を示すほかはないと思いました。それで彼は「まったくわが国にとって(ア)時だ。だが、われわれは外に失ったものを内に取り返す(弥补)ことはできる。われわれの生きている間に、(イ)。」と言っていました。 ダルガスは、祖国の復興はまず木からだと思いました。緑の木の茂っている(しげる)国は、必ず栄え、木の乏しい、秃山や荒野の国は、必ず衰えます。いや、木の茂っていることが国の栄えている印であり、木の乏しいことが国の衰えている印です。過去、現在を通じて、世界の国々の実例がはっきりそのことを示している。文中に「ただ実行によって自分の信念を示すほかはない」とあるが、なぜそう思ったのか()。
第2题:
ニュースは、新聞だけではなくテレビで知ることもできます。 じゃあ、新聞なんか読まなくても、テレビを見ればいいじゃないか。そのほうが楽だし速いじゃないか。そんなふうに考える人もいるかもしれません。でもやはり、ぼくは新聞を読んでほしいと思います。新聞には、テレビにないよさがあると思うからです。 テレビというのは、映像と音が組み合わさっています。見る側は、目とか耳とかの感覚を働かせることになります。テレビの前に座っていると、感覚に訴える要素が次々に現れ、次々に消え、移っていくわけです。これはテレビの特色ですが、同時に欠陥でもあります。 ときどきこちらが考えさせられるようなことを言ったり、興味深い画像が出てきたりしますが、あっと思ったらもう次に移ってしまい、よほど印象深いもの以外は思い出しません。 それに対して新聞、(ア)活字の場合は、立ち止まって(停下来)考えることができます。それだけではなく、さらにその先へ考えを進めることができる。想像を広げたり、新しい着想を得たりということが可能なのです。 映像から得る感覚的な刺激は、(イ)だけで終わってしまうことが多いのですが、活字の場合は、新しい何かを付け加えたり、まったく違うものを創り出したりということがしやすいのです。この文章の内容に最も合っているものはどれか()
第3题:
きのうは日曜日でした。わたしはいろいろなところへ行きました。まず九時にうちを出て、バスではくぶつかんへ行きました。今フランスのえやちょうこくのてんらんかいをやっています。それを見に行きました。 そのあとでちかくのレストランへおひるごはんをたべに行きました。日曜日でしたのですこし込んでいました。つぎにデパートへ行ってかいものをしました。デパートにも人がたくさんいました。すこしつかれたのできっさてんへ入ってコーヒーをのみました。それからほんやへいってじゅぎょうのさんこうしょをさがしましたがみつからなかったのでちゅうもんしてみせを出ました。みせのまえで大学のともだちに出会いました。いっしょにすこしとおりをさんぽしました。 するとおもしろそうなえいがをやっていたので、いっしょに見に入りました。えいがかんも人でいっぱいでした。二時間くらいしてえいがかんをっ出て、そのともだちとばんごはんをたべにいきました。ともだちがちかくにおいしいみせをしっているというのであるいて行きました。そこにもおきゃくさんがたくさんいました。しかしすぐにせきがみつかりました。わたしたちはすこしおさけをのみました。九時ごろみせを出て、九時はんごろうちへかえりました。すこしつかれましたがたのしい一日でした。 どこでばんごはんをたべましたか?()
第4题:
では、子どものころの夜の話をしましょう。わたしが5つ、弟が2つのころでした。 「さあ、寝ましょう。」 お母さんがそう言うと、弟は踊るように喜びました。今でもそれが目に見えるようです。それというのが、お母さんといっしょに寝られるからなのです。 わたしも、お母さんの背中の方に入りました。ときには、お母さんの背中に、指で字を書いたりしていました。ほんとうは、まもなく、お母さんがしてくれる昔話を待っていたのです。弟が(ア)、お母さんはわたしの方に向いて、 「昔、昔、あるところにおじいさんとおばあさんがいました。……」 こう、お話を始めました。といったところで、お母さんはもうとても眠くなっていて、ほとんど半眠りだったのです。だから、「桃太郎」の話が途中で、「舌きりすずめ」になったりしました。 (イ)、話を続けている間はまだいいほうで、話もせずに眠っていることもたびたびでした。それを何度も起こし、また、話の筋を、わたしがお母さんに教えたものです。それでも、そうしてお母さんから話を聞くのは、なんとも楽しいものだったのです。文中に「話の筋を、わたしがお母さんに教えたものです」とあるが,その理由はどれか()。
第5题:
では、子どものころの夜の話をしましょう。わたしが5つ、弟が2つのころでした。 「さあ、寝ましょう。」 お母さんがそう言うと、弟は踊るように喜びました。今でもそれが目に見えるようです。それというのが、お母さんといっしょに寝られるからなのです。 わたしも、お母さんの背中の方に入りました。ときには、お母さんの背中に、指で字を書いたりしていました。ほんとうは、まもなく、お母さんがしてくれる昔話を待っていたのです。弟が(ア)、お母さんはわたしの方に向いて、 「昔、昔、あるところにおじいさんとおばあさんがいました。……」 こう、お話を始めました。といったところで、お母さんはもうとても眠くなっていて、ほとんど半眠りだったのです。だから、「桃太郎」の話が途中で、「舌きりすずめ」になったりしました。 (イ)、話を続けている間はまだいいほうで、話もせずに眠っていることもたびたびでした。それを何度も起こし、また、話の筋を、わたしがお母さんに教えたものです。それでも、そうしてお母さんから話を聞くのは、なんとも楽しいものだったのです。文中の「こう」の指す内容はどれか()。
第6题:
お母さんは眠いので、その話の筋を忘れてしまったから
お母さんは眠っていて、どこまで話をしたか分からなくなったから
お母さんは半眠りだったので、話の途中で、違った話を始めたから
お母さんは疲れすぎて、話を続けられないから
第7题:
おいしかったです
うちでたべました
ともだちのしっているみせで
えいがかんのちかくで
第8题:
自分の考え方は正しくないかもしれないと思ったから
言うのは簡単だが、実行するのは難しいと思ったから
本当のことを言ったら、信じてくれる人が多いと思ったから
自分の考え方を言ったら、みんなにひどく反対されると思ったから
第9题:
には
では
とは
から
第10题:
良いことばかり
悪いことばかり
良いことも悪いこともある
良いことも悪いこともない
第11题:
眠っている母
眠っている弟
眠くなっているわたし
眠くなっている母
第12题:
「桃太郎」の話が途中で、「舌きりすずめ」の話になるように
何度も「わたし」に起こされて、話を続けるように
「昔、昔、あるところに……」というように
「わたし」に話の筋を聞きながら、話をするように
第13题:
では、子どものころの夜の話をしましょう。わたしが5つ、弟が2つのころでした。 「さあ、寝ましょう。」 お母さんがそう言うと、弟は踊るように喜びました。今でもそれが目に見えるようです。それというのが、お母さんといっしょに寝られるからなのです。 わたしも、お母さんの背中の方に入りました。ときには、お母さんの背中に、指で字を書いたりしていました。ほんとうは、まもなく、お母さんがしてくれる昔話を待っていたのです。弟が(ア)、お母さんはわたしの方に向いて、 「昔、昔、あるところにおじいさんとおばあさんがいました。……」 こう、お話を始めました。といったところで、お母さんはもうとても眠くなっていて、ほとんど半眠りだったのです。だから、「桃太郎」の話が途中で、「舌きりすずめ」になったりしました。 (イ)、話を続けている間はまだいいほうで、話もせずに眠っていることもたびたびでした。それを何度も起こし、また、話の筋を、わたしがお母さんに教えたものです。それでも、そうしてお母さんから話を聞くのは、なんとも楽しいものだったのです。文中の「それ」の指す内容はどれか()。
第14题:
きのうは日曜日でした。わたしはいろいろなところへ行きました。まず九時にうちを出て、バスではくぶつかんへ行きました。今フランスのえやちょうこくのてんらんかいをやっています。それを見に行きました。 そのあとでちかくのレストランへおひるごはんをたべに行きました。日曜日でしたのですこし込んでいました。つぎにデパートへ行ってかいものをしました。デパートにも人がたくさんいました。すこしつかれたのできっさてんへ入ってコーヒーをのみました。それからほんやへいってじゅぎょうのさんこうしょをさがしましたがみつからなかったのでちゅうもんしてみせを出ました。みせのまえで大学のともだちに出会いました。いっしょにすこしとおりをさんぽしました。 するとおもしろそうなえいがをやっていたので、いっしょに見に入りました。えいがかんも人でいっぱいでした。二時間くらいしてえいがかんをっ出て、そのともだちとばんごはんをたべにいきました。ともだちがちかくにおいしいみせをしっているというのであるいて行きました。そこにもおきゃくさんがたくさんいました。しかしすぐにせきがみつかりました。わたしたちはすこしおさけをのみました。九時ごろみせを出て、九時はんごろうちへかえりました。すこしつかれましたがたのしい一日でした。きのうきっさんてんへ行きましたか。()
第15题:
では、子どものころの夜の話をしましょう。わたしが5つ、弟が2つのころでした。 「さあ、寝ましょう。」 お母さんがそう言うと、弟は踊るように喜びました。今でもそれが目に見えるようです。それというのが、お母さんといっしょに寝られるからなのです。 わたしも、お母さんの背中の方に入りました。ときには、お母さんの背中に、指で字を書いたりしていました。ほんとうは、まもなく、お母さんがしてくれる昔話を待っていたのです。弟が(ア)、お母さんはわたしの方に向いて、 「昔、昔、あるところにおじいさんとおばあさんがいました。……」 こう、お話を始めました。といったところで、お母さんはもうとても眠くなっていて、ほとんど半眠りだったのです。だから、「桃太郎」の話が途中で、「舌きりすずめ」になったりしました。 (イ)、話を続けている間はまだいいほうで、話もせずに眠っていることもたびたびでした。それを何度も起こし、また、話の筋を、わたしがお母さんに教えたものです。それでも、そうしてお母さんから話を聞くのは、なんとも楽しいものだったのです。文中に「ときには、お母さんの背中に、指で字を書いたりしていました」とあるが、その理由はどれか()。
第16题:
きのうは日曜日でした。わたしはいろいろなところへ行きました。まず九時にうちを出て、バスではくぶつかんへ行きました。今フランスのえやちょうこくのてんらんかいをやっています。それを見に行きました。 そのあとでちかくのレストランへおひるごはんをたべに行きました。日曜日でしたのですこし込んでいました。つぎにデパートへ行ってかいものをしました。デパートにも人がたくさんいました。すこしつかれたのできっさてんへ入ってコーヒーをのみました。それからほんやへいってじゅぎょうのさんこうしょをさがしましたがみつからなかったのでちゅうもんしてみせを出ました。みせのまえで大学のともだちに出会いました。いっしょにすこしとおりをさんぽしました。 するとおもしろそうなえいがをやっていたので、いっしょに見に入りました。えいがかんも人でいっぱいでした。二時間くらいしてえいがかんをっ出て、そのともだちとばんごはんをたべにいきました。ともだちがちかくにおいしいみせをしっているというのであるいて行きました。そこにもおきゃくさんがたくさんいました。しかしすぐにせきがみつかりました。わたしたちはすこしおさけをのみました。九時ごろみせを出て、九時はんごろうちへかえりました。すこしつかれましたがたのしい一日でした。えいがかんはこんでいましたか。()
第17题:
字の練習をするため
母を自分の方に向けるようにするため
母の昔話を待つため
弟を待つため
第18题:
きっさてんでたべました。
デパートでたべました。
はくぶつかんでたべました。
レストランでたべました。
第19题:
ともだちのうちへいきました。
いろいろなところへいきました。
どこへもいきませんでした。
うちにいました。
第20题:
いいえ、行きませんでした
はい、にかいいきました。
はい、いきました。
はい、ともだちといきました。
第21题:
なにもたべませんでした。
わかりません。
おいしかったです。
おさけをのみました。
第22题:
にじかんくらいいました。
いいえ、すいていました。
はい、おもしろいえいがでした。
はい、こんでいました。
第23题:
弟は喜んで踊った
弟は踊るくらい喜んだ
弟は踊ったりして喜んだ
弟は楽しく踊った